プロジェクトマネジメントを哲学する

計画は幻想だ、PDCAは気休めだ、などなど

計画2:合理主義的計画と漸増主義的計画(1)

合理主義的計画と漸増主義的計画の対立構図は、郡司篤晃氏の論文*1で概観され要領よくまとまっているので、今回は、氏の論文に依拠して書かせてもらう。

通常われわれが計画と聞いて思い浮かべるのが、合理主義(rationalism)にもとづく計画、すなわち合理主義的計画(rationalistic planning)だと言っていいだろう。

合理主義的計画は、1) 目標を設定し、2) 目標達成のための案(手段)を複数考え、3) それらの案を比較評価し、4) 最も良い案を選ぶ、というプロセスをとる。つまり、複数の案のなかから最良(optimum)の案を選んでいるのである。

(PCM(Project Cycle Management)に馴染みのある方は、PCM計画立案が同様のプロセスをとっていることに気づいただろう。言うまでもなく、PCMの計画手法は何ら特別なものではなく、ごく当たり前の計画プロセスにしたがっており、そして、合理主義的計画手法なのだ。)

合理主義的計画は、1960年代のコンピュータの実用化によって強力な後押しを受けた。たとえば、宇宙開発でソビエトに後れをとったアメリカは*2NASAによるアポロ計画*3を立ち上げ、1969年にアポロ11号による有人月面着陸を成功させた。このプロジェクトの成功によって合理主義的計画に対する評価が高まり、工学以外の分野にも、合理主義的計画が広くもちいられるようになった。

そのひとつの例が、1965年に発足した地域医療計画(RMP: Regional Medical Program)である。これは、行政区画にこだわらず、医科大学などを中心とした広い地域を単位として、心臓病、癌、脳卒中などの低減を目指した医療計画で、計画・実行・評価(plan-do-see)を明確に意識した合理主義的計画として立案された。しかし、RMPはさしたる成果をおさめることなく、人々の関心は、その後登場した保健維持機構(HMO: Health Maintenance Organization)の民間保険による医療提供システムに移っていった。

このようなことが度重なり、合理主義的計画は、工学的な領域では有効であっても、社会的な領域では必ずしもうまくいかない、という評価が定着していった。

(ということだが、開発援助の世界では、もっぱら社会開発系のプロジェクトを実施しているにもかかわらず、いまだに、大した疑問を抱かれることもなく、合理主義的計画にもとづいてプロジェクトが実施されている。)

このような合理主義的計画に対する批判として登場するのが、漸増主義的計画である。

短いが、今回はここまで。
今回は、合理主義的計画を概観した。
次回は、漸増主義的計画を概観する。

なお、本ブログのテーマとしては、特に分野を限定しないプロジェクトマネジメントを想定しているが、筆者は、開発コンサルタントを本業としているため、時々、開発援助の世界の話しをしたくなる。そういうときは、上記のように括弧書きするので、括弧書きで開発援助の話しが始まったら、関心のない方は飛ばし読みしていただきたい。読んでみて、ほう、日本の開発援助の世界はこんななのか、と思っていただくのも一興かもしれないが。なにせ、政府開発援助(ODA)は、みなさんの税金で行なわれているのだから。

では、また。

*1:郡司篤晃(1991)「地域福祉と医療計画―医療計画の基本的諸問題」『季刊・社会保障研究』Vol. 26 No. 4, pp.369-384.

*2:1957年のソビエトによる人類初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げ成功の報を受けて、西側諸国に衝撃と危機感が走った。これをスプートニク・ショックという。

*3:アポロ計画は、NASAのホームページを見るとわかるが、Apollo Program であって、Apollo Project ではない。これはプログラムとプロジェクトの違いを示す絶好の例になっている。アポロ計画は、アポロ1号、アポロ2号、アポロ3号、… といった「複数のプロジェクトを有機的に連携させた統合的な事業」すなわちプログラムなのだ。