プロジェクトマネジメントを哲学する

計画は幻想だ、PDCAは気休めだ、などなど

計画5:限定合理性(1)

前回までで、合理主義的計画と漸増主義的計画を概観した。概観だったので物足りないところも多かったと思うが、今回から各論に入る。ここからが本題である。

概観したところでは、合理主義的計画は、工学的な領域では有効であっても、社会的な領域では必ずしもうまくいかない、なぜなら、社会的な問題はきわめて複雑で、われわれはそれを適切に分析し適切な改善計画を立てられるほど合理的ではないから、ということだった。

では、われわれ人間の合理性はどのようなものなのか? ここから数回は、H. サイモンの「限定合理性」を巡って、人間の合理性の限界と、それが示唆する計画のありかたについて考える。

第2回でも紹介したが、ハーバート・A・サイモン(Herbert A. Simon)(1916年~2001年)は、広範な分野で研究活動を展開し、チューリング賞(1975年)やノーベル経済学賞(1978年)を受賞した、20世紀の知の巨人である。その研究分野は、行政学、経済学、経営学政治学、心理学、社会学統計学、論理学、認知心理学コンピュータサイエンスなど、きわめて広範にわたる。だが、その関心は一貫していた。すなわち、組織における意思決定とその合理性である*1。彼がAI(人工知能)の先駆的研究に取り組んだのも、人間の合理性のメカニズムを解明しシミュレーションせんがためであった。そして、その研究をみちびいてきた基本的概念が「限定合理性」(bounded rationality)*2である。

サイモンによると、人間が意思決定をするにあたって真に合理的*3であるためには、以下の3つの要件を満たしていなければならない(サイモン, 1976, p.102)*4

1.意思決定にさきだってすべての選択肢をパノラマのように概観できる。
2.それぞれの選択肢を選んだ場合に起こるであろう結果をすべて考慮できる。
3.全選択肢のなかからひとつを選ぶ基準となる価値体系をもっている。

言うまでもなく、現実の人間はこれらの要件を満たしていない。「かかる状態のもとでは、実際の行動においては、合理性に近づく方法すら思いも及ばない」(サイモン, 1976, p.87)。つまり、人間は客観的合理性をもって行動する存在ではない、とサイモンは結論づけたのである。そして、このように限界をもつ人間の合理性を「限定合理性」と呼び、この概念はサイモンの代名詞ともなった。

もちろん、サイモンは、人間は合理的ではない、という単純なことを言ったのではない。彼の関心は、このような限定合理的な人間が意思決定を行なう組織において、いかにして組織としての合理性を高めることができるのか、といったことにあった*5。しかし、本ブログの関心は、さしあたり、人間が限定的な合理性をもって合理主義的計画を立案し実行することの妥当性を考えることにあるので、ここでは、サイモンの主要関心事である組織の合理性についてこれ以上深入りしない。

短いが、今回はここまでとする。
人間の合理性が完全ではないという、分かりきったことを確認しただけだと思われるだろう。だが、以前にも書いたように、その分かりきった事実を人間は受け止めていない。経済学は客観的合理性をそなえた経済人(ホモエコノミカス)を前提にしてきたし、われわれは今も多くの場合、合理主義的計画を適用してプロジェクトを計画・実行・評価している。では、限定合理性の認識を受け止めると、プロジェクトマネジメントはどのように見えるのか、そして、どうあるべきなのか。次回以降、こういった方向で話しを進めていく。

ということで、今回は、サイモンの限定合理性を確認した。
次回は、満足化や悪構造問題など、少し限定合理性の補足説明をする。
そのうえで、次々回は限定合理性の概念を受けた経済学の変化、すなわち行動経済学の話しをし、その後、限定合理性をふまえたプロジェクトマネジメントの話しへと進んでいく。

では、また。近いうちに。

*1:サイモンのノーベル経済学賞受賞理由は「経済組織における意思決定過程の先駆的研究」である。経営学では初めてのノーベル賞受賞であった。

*2:Bounded rationalityは、限界のある合理性、限定された合理性、制約された合理性などさまざまに訳されているが、経済学の領域では限定合理性が定訳となっている。

*3:サイモンはこれを客観的合理性(objective rationality)、完全合理性(perfect rationality, complete rationality)、全的合理性(global rationality)などと呼んでいる。

*4:サイモン, H.(著)、松田武彦・高柳暁・二村敏子(共訳)(1976)『経営行動:経営組織における意思決定プロセスの研究(第3版)』ダイアモンド社.

*5:人間の合理性が限定的であるということは、裏を返せば、その限定内では合理的であることを意味する。したがって、個人から合理的な行動を引き出すためには、組織内において、個人が意思決定を行なう状況を限定すればよい。具体的には、組織目標に適合的で、その個人の意思決定に必要な情報を与え、全体状況のなかの特定の側面に注意を向けさせるのである。すなわち、組織が存在することによって、個人が客観的合理性に無理なく近づくことが可能になるのである(サイモン, 1976, p.102)。限定合理性とは、そのように限定された範囲内において合理的であることを意味する、との解釈もある(吉野, 2014, p.85)。