プロジェクトマネジメントを哲学する

計画は幻想だ、PDCAは気休めだ、などなど

計画11:制約理論(TOC)(3)

このハイキングでは、製造ラインに関して、もうひとつの重要な発見があった。ラインのスピードは、ラインのなかで最も能力の低い工程のスピードによって決定される、ということである。

ハイキングで、子供たちは一列にならんで、目的地を目指して歩いた。主人公は最後尾を歩き、列全体を見守っている。子供たちのなかに、ハービーという、ほかの子供たちよりも歩くのが遅い子がいて、ハービーの前はどんどん先に進むが、ハービーの後はつかえる。そのため、列は前後にながく伸びて見守れなくなるし、全体のスピードは遅くなり、日暮れまでに目的地に着けるかどうかあやうくなってくる。

ハービーより前の子供たちがどんなに早く歩いても、それは列全体のスピードをあげるのになんの役にもたたない。列全体のスピードはハービーによって決定されるのである。これは前回のサイコロゲームでみた、「前工程から後工程に、プラス(進み)は引き継がれず、マイナス(遅れ)のみが引き継がれる」のと同じことだ。それをラインのスピードという観点からみると、「ラインのスピードは、ラインのなかで最も能力の低い工程のスピードによって決定される」ということになる。

そこで主人公は、ハービーの荷物を全員で手分けしてもつことでハービーの歩くスピードをはやめ、前の人を追い抜いてはいけないというルールをつくったうえで、ハービーに先頭を歩かせた。おかげで、無事、明るいうちに目的地に到着できた、という話しである。すなわち、いちばん能力の低いボトルネックが全体のスピードを決定しているのだから、全体のスピードをあげるには、ボトルネックの能力を高め、かつボトルネックを適切な位置に配置すればよい、ということになる。

こうして、『ザ・ゴール』では、「遅れのみが引き継がれる」ということと「全体の能力はボトルネックの能力に支配される」という、ハイキングでのふたつの発見を出発点として、TOCの概念が構築され、TOCをもちいて工場経営をみごと立て直す、という話しになる。

『ザ・ゴール』の5年後に書かれた『クリティカルチェーン』は、TOCをプロジェクトマネジメントに適用する話で、上記のふたつの発見のほかに、プロジェクトが必ず遅れる原因が4つあげられる。これらは「作業する側の心理的側面」*1に関する洞察であって、本ブログでいっている「行動経済学のアナロジーをプロジェクトマネジメントにあてはめる」議論へとつながっていく。その議論は次回するとして、まずプロジェクトが遅れる4つの原因をみておこう。以下の通りである*2

・学生症候群:バトンを受け取ってもすぐに走り出さない。
・マルチタスキング:寄り道をしながら走る。
・早期完了の未報告:ゴールに着いたのにバトンを渡さない。
パーキンソンの法則:要求された最低タイムで走る。

学生症候群」は、時間的余裕があたえられても、時間まぎわにならないと作業をはじめないという、人間の行動特性である。学生がテスト勉強や宿題をぎりぎりになるまで始めず、結局、一夜漬けに追い込まれる様子から命名された。プロジェクトマネジメントでいうと、それぞれのタスクにバッファー(時間的余裕)を見込んでスケジュールを組んでも、各タスクはぎりぎりになるまで開始されず、バッファーは無駄になり、プロジェクトは遅れる。
「セーフティが必要だと大騒ぎする。そして、セーフティをもらう。時間に余裕ができる。でも時間的に余裕ができたからといって、すぐに作業を始めない。じゃ、いつになったら作業に取りかかるのか。結局、ぎりぎり最後になるまで始めないんです。それが人間というものです。人間だからしょうがないんです。」(『クリティカルチェーン』p.190)

マルチタスキング」は、ひとつのタスクが完了していないのに、別の作業にとりかかることである。論理的で正当な理由があって行なう作業の掛け持ち(マルチタスキング)ではなく、個人的な思いや感情で複数のタスクに手をだす「悪いマルチタスキング」をいう。
「作業員みんなが複数のタスクを掛け持ちしている。そういう状況でプレッシャーがかかるということは、つまり何人もの人からあれをやってくれ、これをやってくれと、違う作業を求められるということだ。となると作業員は、どのタスクが本当に緊急なのかわからなくなって混乱するはずだ。」…「そのとおりなんです。優先順位は、誰がどれだけ大きな声を出したかで決まるんです。」(『クリティカルチェーン』p.191)
マルチタスキングの問題は、タスクの段取りにかかるアイドル時間や、経験曲線効果の問題だけではない。そういったことを抜きにして考えても、継続してやれば10日で終わる作業を半分やった時点で他の作業が入り、たとえば10日かかったとすると、残りの半分をそのあと再開することになるので、10日で終わる作業に20日かかることになる。つまり、リードタイムは倍になるのである。

早期完了の未報告」とは、タスクが計画より早く終わっても報告をせず、納期になるまで次工程に引き渡さないことをいう。タスクを早く終わらせても担当者個人にメリットがないときや、早く終わったことが次回の計画に反映されてしまうなどのデメリットが想定されるときに起こる。
「(予定より早く作業が終わったとしても、次の作業は)もともと予定していたタイミングでスタートします。予定より早く作業を終わらせても、最初のステップはそれを報告しないからです。現状の仕組みでは、作業を早く終わらせても何もご褒美はないんです。いやそれどころか、ペナルティが課されます。もし作業を早く終えたら、上はできるものだと思って、次からは時間を短縮しろとプレッシャーをかけてきます。」(『クリティカルチェーン』p.184)

パーキンソンの法則」は、英国の歴史学者政治学者 C. N. パーキンソン(1909年-1993年)が提唱した、「仕事は与えられた時間を使い切るまで膨張する」という法則である*3
「2週間かかると言えば、実際には2週間ちょっとかかる。そこでセーフティタイムを足して3週間に伸ばす。しかし3週間かかると言えば、3週間ちょっとかかる。つまり期間を見積もると、それに甘んじてしまって作業も遅れてしまうのよ。」(『クリティカルチェーン』p.76)

クリティカルチェーン』では、これらの洞察をもとに、クリティカルパス(PART/CPM)の欠点をおぎなった「クリティカルチェーン」が提案される。
たとえば、通常の所要期間見積では、各タスクにバッファー(時間的余裕)を見込んで見積もりをおこなうが、クリティカルチェーンでは、各タスクにはいっさいバッファーを見込まず、ぎりぎりの時間で見積もる。なぜなら、上記の4つの理由から、バッファーを見込んでもそれは無駄になるから。そのかわりに、作業の合流地点とプロジェクトの最後にバッファーをおき、個々の作業の進捗ではなく、バッファーの消耗状況でプロジェクト全体の進捗を管理する。また、各タスクにはバッファーがないので、各作業員は、前工程から作業をうけとったら全速力で作業を進め、終わりしだい次工程に引き渡す。これは、バトンを受け取ったらすぐに走り出し、ゴールに着いたらすぐにバトンを渡すことから、「リレー走者の原理」と呼ばれる。詳細は割愛するが、これがクリティカルチェーン・プロジェクトマネジメント(CCPM)である。
小説では、大学講師である主人公が学生たちとの議論を通じて考案したCCPMが広く企業に受け入れられ、あやうくなっていた大学経営をたてなおす、という話しにつながっていく。

ということで、TOC/CCPMの主要な論点は紹介し終わったので、今回はここまでとする。
次回は、プロジェクトマネジメントに人間の心理に関する洞察をとりこもうとした事例としてのTOC/CCPMについて考えて、TOC/CCPMの最終回としたい。

では、また。

*1:クリティカルチェーン』p.250

*2:西原隆、栗山潤(著)(2010)『TOC/CCPM標準ハンドブック:クリティカルチェーン・プロジェクトマネジメント入門』秀和システム, p.131

*3:他にもいくつかある。第1法則:仕事は与えられた時間を使い切るまで膨張する。第2法則:経費は収入に見合うだけかかる。第3法則:拡大は複雑化をまねき、複雑なものは最後には朽ち果てる。第4法則:作業グループの要員は作業内容にかかわらず増加する。(R.C. Newbold(著)、石野福弥(監訳)(2005)『時間に遅れないプロジェクトマネジメントー制約理論の応用ー』共立出版株式会社, p.29)