計画12:制約理論(TOC)(4)

以上に見てきたところをまとめると、以下の理由から、プロジェクトは必ず遅れる。

  •  前工程から後工程に遅れのみが引き継がれる。
  •  全体のスピードは最も能力の低い工程のスピードによって決定される。
  •  各タスクはぎりぎりになるまで開始されない(学生症候群)。
  •  ひとつのタスクが完了していないのに別のタスクにとりかかる(マルチタスキング)。
  •  タスクが計画より早く終わっても報告せず、納期になるまで次工程に引き渡さない(早期完了の未報告)。
  •  仕事は与えられた時間を使い切るまで膨張する(パーキンソンの法則)。

 

最初のふたつは、プロジェクトが前工程に依存するタスクの一連の連なりからなっていることと、各タスクの処理能力にばらつきがあるという、ごく当たり前な事実に起因しており、これは避けられない。

このことを知ってか知らずか、合理主義的計画は、この遅れに対処するために、個々のタスクにバッファー(余裕)を見込んでプロジェクト期間を見積もるということをやってきた。だが、バッファーは役に立たない。なぜなら、上記の下の4つの理由から、作業者がバッファーを食い尽くすから。

下の4つは人間の行動特性・心理特性であり、これも避けられない。人間の合理性は限定的であり、その振る舞いは非合理なのだ。だが、ただでたらめなのではなく、一定の偏りがある。プロジェクトにおける人間の行為の偏りが、学生症候群以下の4つである。

合理主義的計画は人間が合理的に振る舞うことを前提としてきた。伝統的経済学がそうしてきたように。そして、カーネマンとトヴェルスキーが心理学的視点をもちこむことでその前提に挑戦したように、ゴールドラットもまた心理学的視点をもちこむことでプロジェクトマネジメントの前提に挑戦した。だが、ゴールドラットの挑戦は成功しなかったようだ。経済学において行動経済学が生まれたようには、プロジェクトマネジメントにおいてTOC/CCPMが大きな潮流を生むことはなかった*1

最後に、合理主義的計画と漸増主義的計画の観点からCCPMを見ておく。

これまで見てきたように、CCPMは、計画は必ず遅れることを前提としている。それでも目標は期日までに達成しなければならない。では、どうするか? 前回も書いたが、CCPMでは、各タスクにいっさいバッファーをもうけず、プロジェクトの最後にプロジェクト・バッファーとしてまとめておく*2。各タスクにはバッファーがないので、各作業員は全速力で作業を進め、終わりしだい次工程に引き渡す。進捗の遅れはプロジェクト・バッファーで調整する。こうして、個々のタスクの進捗ではなく、プロジェクト全体として進捗を管理する。つまり、計画がえがいたコースをつねにたどることによってではなく、最後にまとめておいた余裕を流用し、途中は臨機応変に対応することによって期日までの目標達成を目指す、ということだ。

これは、次回に紹介しようと思っている、トラック諸島の島民の航海の話しを連想させる。ヨーロッパの航海士が海図にえがかれたコース上につねにとどまることで航海するのに対して、トラック諸島の島民の航海は、計画ではなく目標から始まる。彼らは目標に向けて出発し、発生する状況に臨機応変に対応する。彼らの努力は目的地への到達に必要なことをすべて実行することに向けられる。聞かれれば、彼らはいつでも目標をさし示すことができるが、コースを描くことはできない。*3

つまり、CCPMは漸増主義的計画である、ということなのだろう*4

 

以上で、TOC/CCPMは終わりとする。思ったよりずいぶん長くなった。
次回は、上で紹介したトラック諸島の話しではじまる、L. サッチマンの『プランと状況的行為』について考える。

 

*1:消え去ったわけではない。いまでも、プロジェクトマネジメント学会などでは、数10件の発表のなかに1、2件、クリティカルチェーンの報告があったりする。TOC/CCPMのその後の消息については、必要があれば、改めて調べてみたいと思っている。

*2:細かくいうと、ボトルネック・バッファーとかリソース・バッファーとかあるのだが、ここでは省略する。

*3:サッチマン, L. A.(著), 佐伯眸(監訳)(1999)『プランと状況的行為』産業図書株式会社, p.i

*4:CCPMの解説書のなかで、著者のRobert C. Newboldが興味深い計画論を述べているので、ここにメモしておく。Newboldは、プロジェクト計画の目的はプロジェクトについての理解を深め、それを伝えることであるという。「計画は、プロジェクト実行の前と実行段階で意思決定を支援する手段として作成され、理解を深める手助けをする意味を持つ。それらは理解を伝えることによりコントロールする手段として作成される」といっており、プロジェクトのコースを示すものだとはいっていないのである。「マネジャーのなかには、計画が”正確”にならないので計画できる点がほとんどないと感じる人がいる。計画が作られた後でも、それは重要でないとか、無意味なものとさえ扱われる。一方で別の人は、計画とは常に限りなく正確なものと感じていて、たとえ不確実で推量に過ぎない状態であっても、その推量が全く正しいように振る舞う。もちろん、”正確”さが”正しさ”を意味しないし、また反対に”正確”が”誤り”の意味でもない。われわれには、常に持っている知識と持っていない知識がある。その両方の知識を体系化することと伝達することは非常に重要である。知っていることは決定を下すための唯一の合理的な基礎を提供する。知らないことは、プロジェクトの終了までになすべきことを定義する。持っていない知識を誤って仮定したり、逆にそれをやり抜く能力もないと決めつけたりせず、できる限りの最善を尽くすべきである」(『時間に遅れないプロジェクトマネジメントー制約理論の応用ー』(2005), pp.118-119)。Newboldは、プロジェクト計画は、知っていることと知らないことを峻別し、明示し、その認識を関係者と共有するための手段だというのである。これは本ブログでこれまで見てこなかった計画論だ。一考の余地あり。