論理的漸増主義の具体例のふたつめは、アメリカ航空宇宙局(NASA)の60年におよぶ事業戦略の変化の歴史である。以下は、ウォーリック大学(英)のHeracleous他による論文「Logical Incrementalism as a Pass to Strategic Agility: The Case of NASA」(2023年)[1]による。この論文は、ジョンソン宇宙センターの海賊たち(JSC Pirates)(後述)によって事業戦略が大きく変化するエピソードなど、NASAの歴史を生き生きと描き、それを論理的漸増主義という経営学説と断続平衡説という進化生物学説をもって分析する、エキサイティングな論文である。インターネットから無料でダウンロードできるので、ぜひ一読されることをお勧めする。
前もって説明しておくと、断続平衡説(punctuated equilibrium)は、生物は、徐々に進化するのではなく、長い安定(平衡)期間ののち、ごく短期間のうちに質的・根本的な急激な変化が起こり、これを繰り返すことによって進化するという、進化生物学の理論である[2]。われわれの日常生活でも、語学の学習やスポーツや楽器の練習など、長いあいだ進歩がなくつらい思いをしながらも地道に続けていると、あるとき急に進歩を実感する、ということを繰り返して習熟していく経験があるので、断続平衡説は感覚的に理解しやすいのではないだろうか[3]。
同論文によると、NASAの事業戦略の歴史は、伝統的階層型、政府間連携型、商業ネットワーク型の3つの時代に分けられる。それぞれの時代は、一定の安定した平衡期間をへたのち、ある引き金となる事象(precipitating events)に促され、比較的短期間のうちに漸増的な変化を起こす。この漸増的な変化には一定のパターンがある。まず、小さな変化が現れ(emerge)、それが定着し(embedded)、やがて組織全体に広まっていく(expand)。これを図に示すと以下のようになる。

(Heracleous et al., 2023より筆者作成)
[1] Heracleous, L., Wawarta, C., Papachroni, A. and Paroutis, S. (2023). “Logical Incrementalism as a Pass to Strategic Agility: The Case of NASA,” California Management Review Vol. 65 (4), pp.63-92.
[2] Heracleous et al., 2023, p.65
[3] 個人の成長を生物の進化になぞらえて考えるのは魅力的だが、多分、両者は無関係だろう。個体発生は系統発生を模倣するという説も魅力的だが、現在の生物学では否定されているらしいし。