プロジェクトマネジメントを哲学する

計画は幻想だ、PDCAは気休めだ、などなど

計画6:限定合理性(2)<満足化、悪構造問題>

前回は、人間の合理性が限定的なものであることを確認した。
今回は、そのような限定合理的な人間はどのような行動をとるのか、すなわち、限定合理的な人間の行動原理について考える。

今回はちょっと長くなるので、見出しをつけました。

 

1.満足化

前回の最後に述べたように、経済学はつねに合理的な選択を行なう経済人を前提にしているし、われわれは合理主義的計画にもとづいてプロジェクトを実施している。つまり、人間は客観合理的である、という前提に立っているのである。

この場合、人間は客観的に合理的な判断ができるのだから、その判断にもとづいて「最適」なものを選ぶことができる、ということになる。この場合の人間の行動原理は「最適化」(optimization)である。経済用語をもちいれば、効用関数にもとづいて効用が最大になる選択を行なうということであり、この行動原理は「最大化」(maximization)である。最適化と最大化はほぼ同義と考えてよいだろう。

一方、限定合理性の考えを受け入れると、人間は、客観合理的な判断にもとづいて最適解を選択することはできないことになる。では人間はどういう行動をとるのか? サイモンによると、人間は満足できるレベルのものを選ぶ。この行動原理をサイモンは「満足化」(satisficing)と呼んだ。「私の主張は、人間は最大化する知力がないから満足化するということである」(Simon, 1958, p.62)*1

前回、サイモンがあげた、客観合理的であるための3つの要件を紹介した。いいかえるとこれは最適化のための要件である。再掲する。

1.意思決定にさきだってすべての選択肢をパノラマのように概観できる。
2.それぞれの選択肢を選んだ場合に起こるであろう結果をすべて考慮できる。
3.全選択肢のなかからひとつを選ぶ基準となる価値体系をもっている。

これに対して、サイモンは、満足化に関してつぎのように述べている(サイモン, 2009, pp.185-186)*2

1.すべてのありうる選択肢を調べることなしに、選択を行なう。
2.世界のすべてのことがらの相互の関連性を無視し、単純な経験則で選択を行なう。
3.単純化は誤りを導くかもしれないが、人間の知識や推論の制約に直面すると、ほかの選択肢はありえない。

 

2.悪構造問題

ただし、誤解してはいけないのは、サイモンは最適化原理を否定・排除しているのではない、ということである。先の引用の全文はこうなっている。「私の主張は、人間は最大化する知力がないから満足化するということである。これは証明可能な経験的命題であると考えている。そして、もしこの主張が正しいなら、反対に言うこともできる。すなわち、あなたに最大化する知力があるなら、満足化することは馬鹿げている、と」。

つまり、最適化原理が働くか満足化原理が働くかの違い、いいかえれば、合理性の限界のありかは、対処するべき問題との相対的な関係によるのである。複雑な問題に対しては、人間の合理性は大きく限定されており、満足化に甘んじることになる。一方、単純な問題に対しては、人間の合理性は客観的合理性に近づくことができ、最適化を目指すことができる。サイモンは、前者のような問題を悪構造問題(ill structured problem)、後者のような問題を良構造問題(well structured problem)と呼んだ。そして、現実の問題は通常きわめて複雑な悪構造問題であり、人間の認識能力で客観合理的に対応可能な問題などほとんど存在しない、と言っている。「一般的に、世界が問題解決者に対して提示する問題は悪構造問題である。(中略)問題解決者にとって、良構造問題は存在せず、あるのは悪構造問題だけであると言っても過言ではない」(Simon, 1973, p.186)*3

同論文のなかで、サイモンは、建築設計や軍艦建造などとならんで、チェスを悪構造問題の例としてあげている。チェスの駒のひとつの動きを選択するのは良構造問題だが、チェスのゲーム全体は悪構造問題なのである。

 

3.問題解決アプローチ

では、そのような悪構造問題に対して、どのような問題解決アプローチがありうるのか? チェスの例が示しているように、大きな悪構造問題を小さな良構造問題に分割するのである。サイモンの観察によると、「問題解決のための努力の多くは、問題を構造化することに向けられ、努力のごくわずかな部分が、構造化された問題の解決に向けられる」(Simon, 1973, p.187)。

同論文のなかで、サイモンは悪構造問題の解決システムを模式図でもって示している。それは、最初のとっかかりとなる問題の定義、その問題の解決に必要な情報の収集、問題の再定義、解決策の選択と試行、解決策の修正、問題の定義といったループをなすシステムで、問題全体の解決にむけて、このプロセスが何度も繰り返される。

ただし、この繰り返しは、最終的な解決策が求められるまで繰り返されるわけではない。なぜなら、限定合理性のもとでは、求められるのは、最適化ではなく、満足化だからだ。そのため、この繰り返しは、問題解決者が「これで十分」と思ったところで終わる。すなわち、悪構造問題の解決には「ストップ・ルール」が適用されるのである(Voss & Post, p.281)*4

 

前回と今回で、H. サイモンの限定合理性について見てきた。
まとめると、人間の知力には限界があり、その合理性は限定的である。加えて、世界の問題は複雑に絡み合った構造をもつ悪構造問題である。そのため、人間の合理性をもって悪構造問題を解決することはできない。そこで、問題解決にあたっては、悪構造問題を小さな良構造問題に分割し、良構造問題をひとつひとつ解決することを繰り返し、最適化ではなく、満足化をめざす。

 

今回はずいぶん長くなった。
満足化と悪構造問題で2回に分けようかとも思ったが、ひとつづきの流れとして説明したほうが理解しやすいだろうと思い、あえて1回にした。いつになく情報量が多いので、じっくりゆっくり読んでもらいたい。

次回は、行動経済学の話しです。
なぜプロジェクトマネジメントで行動経済学の話しか?
こはちゃんとつながるのでご心配なく。お楽しみに。

では、また。

*1:Simon, H. (1958). “The Decision-Making Schema”: A Reply, Public Administration Review, Vol.18, No.1. またサイモンはこうも言っている。「経営理論とは、意図されているが同時に限定されている合理性に固有の理論であり、いいかえれば、最大化できるような理性をもたないために、満足化をはかる人間行動についての理論である。」(経営行動, p.184)

*2:サイモン, H.(著)、二村敏子, 桑田耕太郎, 高尾義明, 西脇暢子, 高柳美香(共訳)(2009)『経営行動:経営組織における意思決定プロセスの研究(第4版)』ダイアモンド社.

*3:Simon, H. (1973). The Structure of Ill Structured Problems, Artificial Intelligence, 4.

*4:Voss, J. F. and Post, T. A. (1988). "On the Solving of Ill-Structured Probems." In Chi, M. T. H, Glasar, R. and Farr, M. J. (eds.), The Nature of Expertise. New York: Psychology Press

たとえば"政策"といった問題解決手段(政策は、現状が満足のいかない状態のとき、すなわち現状に問題があるときにのみ策定・変更されるので、問題解決手段である)は、合理的であるという「知的」検証に耐えねばならないと同時に、関係者の調整・交渉の結果であるという「社会的」検証にも耐えねばならない(Robinson and Majak, 1967)。前者は最適化を、後者は満足化をめざすものである。しかし、前者は人間の限定合理性ゆえに検証に耐えない。後者は人々のあいだに存在する「価値選好」の本質的な相違ゆえに検証に耐えない。つまり、人によって満足度は異なり、すべての関係者を満足させることはできないということである。これについては、漸増主義(リンドブロム)のところで再度とりあげる。